映画「1911」、孫文と日本

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 孫文の辛亥革命を題材にした映画「1911( 原題: 辛亥革命)」を見た。辛亥革命100周年を記念し、黄興演じるジャッキー・チェン100作目の作品として作られた映画だ。孫文は2000年にも及ぶ君主制に終止符を打ち、新たな共和国、中華民国を打ち立て、中華民国では国父(国家の父)と呼ばれている。それまでの中国は1840年のアヘン戦争に始まり、日清戦争を経て、海外の国々に領土を奪われようとしていた。孫文はそうした状況を作り出したのは腐敗した政治だと感じ、革命を起こそうと決意、それを始めから支援していたのが梅屋庄吉という日本人であった。

二人は1895年、孫文29歳、梅屋庄吉27歳の時に香港で出会い、かの有名な「君は兵を挙げよ、われは財を持って支援す」という誓いを交わした。梅屋庄吉は映画産業で稼いだお金で、一説によればいまのお金で1兆円くらいに及ぶ資金を援助した。梅屋庄吉以外にも孫文を支えた日本人はたくさんいる。安川敬一郎頭山満宮崎滔天などだ。この安川敬一郎は福岡北九州市の方で、炭鉱で財を成した方みたい。調べれば調べるほど、いろんな点で繋がってくるから面白い。

この辛亥革命の歴史をみていると、まるで1868年の明治維新のようだ。実際、孫文も隣の国で革命が成功したということをすごく意識していたのだろう。明治維新はグラバー商会のトーマス・ブレーク・グラバーが坂本龍馬を始めとする若き志士たちを資金面で支援、倒幕に成功、近代日本が出来上がった。 また、伊藤博文、井上馨などをイギリス留学させ、そのイギリス留学を経て帰国した者たちが明治維新後も活躍したことをみるとグラバーの功績は素晴らしい。

まとめると、そもそも孫文が革命を起こそうと思ったのは、腐敗した清朝の政治というか当時一部をイギリス、アメリカ、日本に占領され、弱体化しているのを見たためだ。弱体化のきっかけはアヘン戦争で、アヘン戦争で巨額の富を得たのはサスーン家率いるサスーン商会。サスーン商会は東インド会社からアヘン専売権を獲得していた。そして、当時サスーン商会に並んで中国で活躍してたのがジャーディン・マセソン商会。その代理店が長崎のグラバー商会、グラバー商会が坂本龍馬率いる亀山社中を資金援助し、日本は明治維新を迎える。と歴史を紐解いていくと話が繋がるから面白い。

辛亥革命において孫文を支援したことは、梅屋庄吉が死ぬ際に ”このことは一切口外してはならない”と言ったことから、影のストーリーとして、あまり日本では知られていないようだ。だがアジアの活力が増している今こそ、こういったストーリーをもっと多くの日本人も知り、隣国中国との関係をより良いものに築いていければいいと思う。

●孫文の映画
1911
孫文-100年先を見た男
・孫文の義士団

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